今回も当然の如く、人材の宝庫の与党こと人民行動党の圧倒的勝利が予想される。

SDP(シンガポール民主党)とNSP(国民団結党)の党新聞を売るNSP支持者が駅前にいた。
当然ことだが、誰も立ち止まらない。
*備考:
選挙日は未決定。スクールホリディの間に行われるのが通常。投票用紙にはシリアルナンバーがついてあるとの話は本当か?
MRTの駅が早く着工する為には、HDB(住宅開発公社)が手がける高層公団住宅の改装などを優先的にしてもらう為には・・・・・・、政府与党に投票すべきである。
シンガポール総選挙の推移
1955年(国会定数 25人)野党22名
1959年(国会定数 51人)野党8名
1963年(国会定数 51人)野党14名
*1965年シンガポール独立。
1968年(国会定数 58人)
1972年(国会定数 65人)
1976年(国会定数 69人)
1980年(国会定数 75人)
*1981年故デバン・ナイア氏(昨年死去)が大統領になる為の補欠選挙でシンガポール労働党のジャヤラトナム氏はここで建国以来初の野党国会議員となった。
1984年(国会定数 79人)野党2名
1988年(国会定数 81人)野党1名
*’88選挙で従来の小選挙制度に加えて、GRC(Group Represntation Constiuencies)グループ代表選出選挙制度を併用。
1991年(国会定数 81人)野党4名
1997年(国会定数 83人)野党2名
2001年(国会定数 84人)野党2名
しかし、民主党はどの国でも苦戦ですな。
永田「自爆」議員により防御に精一杯。国会対策委員長に経世会時代から口が軽いといわれる渡部氏(由美かおるのサインでよろこんでいちゃいけません)を起用の日本の民主党。タクシン首相があれだけ批判されても、最後の一手が打てないアビシット党首をいただくタイ民主党(やはりチュアン元首相でないと駄目か)。
共に言える事は党首の線が細いというところ。頼りない。
註)、シンガポールで永田議員のような行為は、名誉毀損で莫大な賠償金を支払うことになるのは、最近も例がある。