2006年04月14日

シンガポール南部から西部にかけて*AYE(Ayer Rajah Expressway アヤ・ラジャ・エキスプレスウェイ )

シンガポールの市街地からTuas(トゥアス)の第2リンクにかけて走る高速、Ayer Rajah Expressway(アヤ・ラジャ・エキスプレスウェイ)、通称AYE。
AYE.jpg
*写真はClementi Ave(クレメンティ)6出口周辺

高速の路肩を夕方ジョギングしている人間を見て、びっくりしたことがある。もうかれこれ6年くらい昔のことだ。

チャンギ空港へ行くには左のECP(East Coast Parkway)へ。オーチャードへ行くには右のCTE(Central Expressway)へ。来た当初はよく間違ったものだ。
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2006年03月24日

Ang Mo Kio Avenue 1(アンモウキオ・アベニュー・ワン)

何の変哲のない住宅街と公園の間にある通り、Ang Mo Kio Avenue 1(アンモウキオ・アベニュー・ワン)。
angmokioave1.jpg

しかし、目を凝らしてみて見ると、
merlionangmokiokaidou.jpg

な、な、なんと、Merlion(マーライオン)。この場合、Merlionsと複数形のSをつけるが正しいか?

さすが、首相の選挙区は一味違う!



近々あると噂される総選挙、ぜひ、わが地にも、マーライオンを!
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2006年03月19日

ブキティマ地区*Six Avenue(シックス・アベニュー)

Bukit Timah Road(ブキティマ・ロード)からHolland Road(ホーランド・ロード)につながる道、Six Avenue(シックス・アベニュー)。
sixave.jpg

Bukit Timah Road側には各種レストランやパン屋、ワインショップなどが並ぶ。

ここも外国人が好んで立ち寄る場所のひとつ。
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2006年01月25日

Orchard(オーチャード)地区*Tanglin Road(タングリン・ロード)

Orchard Road(オーチャード・ロード)へとつながるTanglin Road(タングリン・ロード)。
tanglinroad1.jpg
ちょっと洒落た通り、西洋人占有率が高い。
tanglinroad2.jpg

近くに大使館などが林立するのも通りの雰囲気に影響しているのかも?
posted by さとかず at 11:04| Comment(0) | TrackBack(0) | シンガポールの街道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月17日

Orchard(オーチャード)地区*Orchard Boulevard(オーチャード・ブルーバード)

Orchard Road(オーチャード・ロード)と双子の道とも言えるOrchard Boulevard(オーチャード・ブルーバード)。
orchardblvrd1.jpg orchardblrvrd2.jpg

当然こちらも一方通行。
オーチャード・ロードは西から東へ
オーチャード・ブルーバードは東から西へ

*備考:
バス停はスコッツロードに抜ける路線は進行方向に向かって右側、その他は左側に別れる。
posted by さとかず at 21:11| Comment(0) | TrackBack(1) | シンガポールの街道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月13日

China Town(チャイナ・タウン)地区*New Bridge Road(ニュー・ブリッジ・ロード)

China Town(チャイナ・タウン)の動脈と言うべきNew Bridge Road(ニュー・ブリッジ・ロード)。
newbridgerd.jpg

旧正月前後は通りが真っ赤な飾り付けに覆われる。
1年で今が一番綺麗な時期なのは間違いない。
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2005年12月02日

Tg Pagar Road(タンジョンパーガー・ロード)

ほんの数年前まではモハメッド・サルタン何するものぞの通りであったTg Pagar Road(タンジョン・パーガー・ロード)。
TGpagarroad.jpg
今はやけにブライダルショップのたむろする通りとなってしまった。
TGpagarroad1.jpg

周辺には人気の高いレストランなども点在する。復活はなるか?
posted by さとかず at 09:04| Comment(0) | TrackBack(0) | シンガポールの街道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月14日

Holland Village(ホーランド・ビレッジ)地区*Jalan Merah Saga(ジャラン・メラ・サガ)

シンガポールの西洋人多発地区のひとつ、Jalan Merah Saga(ジャラン・メラ・サガ)。
jlnmerahsaga2.jpg
住宅地の中にイタリアン・レストランを中心に飲食店などが軒を並べる。

Jlnmerah saga1.jpg

*備考:
最近、ここには数年行っていないが(食べに行っていない)、やはり夜は近所迷惑の騒音を出しているのだろうか?一時期、夜は騒がないように注意書きがあったが・・・・・・。
posted by さとかず at 10:16| Comment(0) | TrackBack(0) | シンガポールの街道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月28日

シェントンウェイ地区*Robinson Road(ロビンソン・ロード)

シェントンウェイ地区の主要道路の一つでCecil Street(セシル・ストリート)と並行して走る道はRobinson Road(ロビンソン・ロード)。
Robinson Road.jpg

シンガポール航空などの本社ビルがあり、日本の丸の内と考えれば相当か?当然週末はゴーストタウン化する。
posted by さとかず at 09:43| Comment(0) | TrackBack(0) | シンガポールの街道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月17日

シンガポールの街路樹

シンガポールの街路樹はちょっと南国的。
gairojyu1.jpg
そう、この木はマンゴ。
gairojyu2.jpg

*備考:
自分の敷地外にある果物を食しているという話は聞かない。通常、マンゴはウェットマーケット、スーパーマーケットなどで購入。
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2005年10月10日

Little India(リトル・インディア)地区*Serangoon Road(セラングーン・ロード)

シンガポールの異空間地区として名高いLittle India(リトル・インディア)を貫くSerangoon Road(セラングーン・ロード)。
serangoon road2.jpg
MRTのNorth-East Lineの駅、その名もリトル・インディアができ、交通の便が良くなった。

Serangoon road1.jpg
歩く人もそことなく、インド。

*備考:
近年はインド系の人たちもある程度の所得を持つとここを訪れることも少ないという。
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2005年08月31日

Bukit Timah Road(ブキ・ティマ・ロード)

シンガポールの中心街から西のBukit Timah(ブキ・ティマ)の方へ伸びる道、Bukit Timah Road(ブキ・ティマ・ロード)。
BTtimahrd.jpg
街路樹が綺麗に植えられている道の両端は、土地付きの家、コンドミニアムやアパートが多くあり、HDBは見かけない。

*備考:
実は中心街へ向かう道はDunearn Road(ダニアン・ロード)だが、Bukit Timah Road(ブキ・ティマ・ロード)と呼ぶ人たちが多い(写真はDunearn Road側、中央分離帯の向こうがBukit Timah Road)。

競馬場がKranji(クランジ)に移動してからは身なりの怪しい連中も姿を消した。
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2005年08月22日

Balestier Road(バレスチア・ロード)

食はBalestier Road(バレスチア・ロード)にあり。
balestierrd1.jpg   balestierrd2.jpg

チキン・ライスやバクテーのお店が軒を並べるこの通り、裏通り(12 Tai Gin Road)には改装し、綺麗になった晩晴園(孫文記念館)がある。
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2005年08月09日

リババレー地区*Mohamed Sultan Road(モハメッド・サルタン・ロード)

この数年ですっかり夜の繁華街になったMohamed Sultan Road(モハメッド・サルタン・ロード)。多数のClub、Restaurantで賑わっている。
mohamedsultanrd.jpg

変化の早い地区である。

*備考:
Mohamed Sultan Road(モハメッド・サルタン・ロード)がいまの姿になる前は、Tanjong Pagar Road(タンジョンパーガー・ロード)がClubなどで賑わっていた(いまはやけに結婚関連ビジネスのショールームだらけになってしまったが)。
posted by さとかず at 11:20| Comment(0) | TrackBack(0) | シンガポールの街道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月04日

Killiney Road(キリニー・ロード)

Orchard Road(オーチャード・ロード)とRiver Valley Road(リババレー・ロード)に挟まれたところに位置する小道がKilliney Road(キリニー・ロード)。ちょっとお洒落なレストラン、バーが並ぶ狭い道。
killiney road.jpg
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2005年07月21日

シェントンウェイ地区*Cecil Street(セシル・ストリート)

シェントンウェイ地区の主要道路のひとつCecil Street(セシル・ストリート)。Tanjong Pagar(タンジョンパーガー)から、金融街を望む。
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OLの服装もそれなりにオフィス向きに見える、ような気がする。
posted by さとかず at 09:30| Comment(0) | TrackBack(0) | シンガポールの街道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月15日

River Vallery Raod(リババレー・ロード)

River Vallery Road(リババレー・ロード)
river vallery road.jpg

現在はコンドミニアムが林立するリババレー・ロード。在留邦人も多数住む地区。

日本占領時代には戦争捕虜収容所があったというのはあまり知られていない。
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posted by さとかず at 08:57| Comment(0) | TrackBack(0) | シンガポールの街道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月13日

Purvis Street(パービス・ストリート)

シンガポールの食通に人気のPurvis Street(パービス・ストリート)。食べる為に訪れる場所。
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現在、人気のイタリアン、タイ料理のお店がある。Mohamed Sultan(モハメッド・サルタン)で自らのお店を持ち、成功しているイタリア人シェフもここで揉まれたという。

*備考:
Raffles Hotel(ラッフルズ・ホテル)からBugis(ブギス)側に2本行った通り。
このあたりは夜はタクシーが拾いにくい地区のひとつ。すんなりとOn Callするのが無難。
posted by さとかず at 22:07| Comment(0) | TrackBack(0) | シンガポールの街道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月30日

オーチャード地区*Orchard Road(オーチャード ロード)

Orchard Road(オーチャード ロード)は4車線の片道通行<Tanglin Road(タングリン ロード)がOrchard Roadとなり、Bras Basah Road(ブラスバサ ロード)となる>。

orchard road.jpg

Scotts Road(スコッツ ロード)との交差点が明らかに中心であった頃から、Ngee Ann City(ニンアンシティ)の方へ人の流れが変わってきた。今後も小売業の激しい集客競争が続く。

*備考:
現在は買い物客などで賑わう通りもその名の通り、元々は果樹園に囲まれた道であった。
1950年初頭の写真を見ていても今の賑わいは想像できない。1970年には既に一方通行となっていた模様、だが今の賑わいはまだ感じられない。

最大の顧客は中華系インドネシア人のお金持ちであることはよく知られている。スハルト政権末期の騒乱騒ぎの際も多くの中華系インドネシア人がシンガポールに逃げて来るほど、彼らはシンガポールにとっていい顧客である。
posted by さとかず at 08:17| Comment(0) | TrackBack(0) | シンガポールの街道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする